本記事の3つのポイント

  • 半導体ファンドリー(受託製造)最大手のTSMCが日本国内に量産工場を建設するという期待が高まっている
  • イメージセンサー大手のソニーと合弁形態で工場を構える構想も出ている
  • ただ、さまざまな条件などを考慮すると、単独での進出が現実解となりそう

 

 5月末、「経済産業省が主導してソニーとTSMCが合弁し、日本に半導体工場を建設する」という話が大々的に報道された。また、6月に入ってから台湾メディアを中心に「ソニー、トヨタ自動車、三菱電機がTSMCと合弁して日本に半導体工場を建設する」とも報じられ、TSMC日本進出への期待感がさらに高まった。いずれもまだ確定情報ではなく、真偽のほどは定かではないが、本稿では「ソニー」と「TSMC」に絞って、合弁の可能性が本当にあるのかを検証してみる。

役割分担で積層型を実現

 日本政府や経済産業省が中心になって、TSMCの半導体工場を日本国内に誘致しようと取り組んでいるのは、昨今の自動車用半導体の不足などを受けて、戦略物資化しつつある半導体の国内サプライチェーンを一層強化するためだ。また、日本の半導体産業で「ミッシングピース」となっている40nm以下のロジック半導体の製造プロセスを、TSMCの力を借りて日本国内に持つためでもある。

 ソニーとTSMCの協力関係は、今に始まったことではない。CMOSイメージセンサー(CIS)の世界市場で50%超というダントツのシェアを持つソニーは、その生産量の8割前後を「積層型」と呼ぶCISが占めている。この積層型とは、撮像するセンサーチップと、その信号を処理するロジックチップを別々に作り、貼り合わせて製造する。ソニーは、得意とするセンサーチップの製造(マスター工程)およびロジックチップとの貼り合わせ技術に研究開発リソースを集中することで、ライバルを圧倒する高い画質と製造歩留まりを実現し、ロジックチップに関しては微細プロセス技術に長けたTSMCに製造を委託することで役割や投資負担を分担し、現在のシェアを築き上げた。

進出条件は「顧客」「資金」「技術」

 TSMCの半導体工場を日本に誘致するには、TSMCにとって日本に進出するメリットがなければならない。「日本が半導体サプライチェーンを強化したがっている」とか、「半導体不足で日本が困っている」などという理由は進出のモチベーションになるはずがなく、企業であるのだから、ビジネスとして成り立つことが進出の必須条件になる。そして、進出するメリットに挙げられるのは「顧客」「資金」「技術」が獲得できるかである。

 TSMCの日本進出にあたり、「顧客」として想定されるのが、ソニー向けの積層型CIS用ロジックに加え、現在供給不足の状態にある車載用マイコンなどである。これまでの一連の報道や電子デバイス産業新聞の取材によると、TSMCの日本工場は、28~16nmプロセスを備え、月産能力として300mmで5万~6万枚(2万~3万枚の2期構成)の規模になるのではないかと噂されている。ただ、CIS用ロジックと車載マイコンだけを製造するのであれば、5万~6万枚の生産キャパシティーを安定的に埋めるのは難しそうだ。

 冒頭の合弁相手にトヨタ自動車や三菱電機が挙がるのは、トヨタが将来的に自動車用のハイエンドプロセッサーを自社設計してTSMCに生産を委託するようになる、三菱電機が得意とするパワー半導体を将来的に300mmウエハーで量産する際にTSMCへ委託する、といった想定や期待が込められているからなのだろう。だが、パワー半導体の製造に28~16nmのプロセスノードは微細すぎて使えないため、TSMCはもっと幅広いプロセスノードを取り揃える必要に迫られる。

TSMCは「CIS顧客を拡大したい」

 ソニーとTSMCだけに話を戻そう。

 TSMCが日本工場のキャパを埋める、あるいは新たな「顧客」を獲得するということを考えると、非常に魅力的なのが「ソニーから積層型CIS用ロジックだけでなく、CISマスター工程の製造も受託する」という条件である。世界最高の画質評価を受けているソニー製CISのマスター工程は、TSMC誘致に不可欠な3つのメリットのうち「技術」にもあたると言えるだろう。

 CISマスター工程の製造受託については、これも今に始まった議論ではない。すでに台湾などでは数年前から、CISの需要が高まり需給がタイトになるたびに「TSMCがソニーからマスター工程を受託した、そうした調整に入った」といった報道がたびたび繰り返されてきた。実際、両社はこれまでに何度も、そして現在も、その実現可能性について話し合っているのだと思われる。

 ただし、これが実現するかは、きわめて微妙だと考えている。ソニーは現在、マスター工程の一部を台湾UMCの日本工場であるUSJC(ユナイテッド・セミコンダクター・ジャパン)三重工場に委託している。これは、USJC三重工場がかつては三重富士通セミコンダクターであり、富士通からUMCが工場を買収したことによるが、当時のソニーからすると、製造パートナーがある日突然、大手ファンドリーに切り替わることには大変困惑したものと想像する。ソニーとしては、差別化要素の詰まったマスター工程のプロセス技術をこれ以上、新たなファンドリーへ開示するだろうか。

 ソニーにとってTSMCは、CISの受託生産を広く手がけてきたライバルでもある。TSMCは、CISファブレスのオムニビジョンのメーンサプライヤーだったからだ。ただし、オムニビジョンは現在、中国系のファンドに買収された関係で、CISのサプライチェーンを中国系ファンドリー主体にシフトしてしまった。こうした委託先の変更もあってか、TSMCはCIS用オンチップカラーフィルターなど手がけていた子会社VisEraを独立させて保有株式を売却し、VisEraは4月に単独で台湾市場に上場した。

 TSMCとしては、日本への工場進出を契機として、減少してしまったCIS顧客からの受注を太くしたいところだろうが、両社は合意点を見出せるのだろうか。

Cu-Cu接続はきわめて魅力的

 TSMCが注目しているとみられる、もう1つのソニー固有の「技術」がCu-Cu接続である。Cu-Cu接続は現在、ソニーがCISチップとロジックチップを貼り合わせる際の導通技術に採用している。従来、チップの接合にはバンプを形成する必要があったが、バンプは50μm程度のサイズが必要なため、CISを多画素化したり、多ピンのロジックを接合したい場合などには、チップサイズを小さくするのが困難だった。だが、Cu-Cu接続はバンプよりもピッチを狭くできるため、チップサイズの制約を気にせずに多画素化やロジックのハイエンド化が可能になる。

 TSMCにとっては、CISマスター工程よりも、むしろCu-Cu接続の供与を受けるほうが一層魅力的であるだろう。なぜなら、Cu-Cu接続は、TSMCが得意とするハイエンドロジックと、メモリーあるいは他のロジックや機能ブロックチップを狭ピッチで接続し、一層の高機能を図ることができるようになるためで、近年開発を強化している3D-ICの実現に不可欠ともいえる技術になりうるからだ。

 このように、Cu-Cu接続は汎用性がきわめて高く、かつソニーのCISをさらに高機能化していくうえで非常に重要な技術であるがゆえに、これも前述のCISマスター工程のプロセス技術と同様、あるいはそれ以上に、ソニーにとって外部供与するのが難しいはずだ。

ソニーは「マスター工程の微細化」に利点

 もちろん、ソニーにとって、TSMCとの協業を深めることには大きな意義があり、メリットもある。CISマスター工程をTSMCに委託すれば、微細化技術への投資負担を軽減できるからだ。

 ソニーは、画素サイズ0.8μmのCIS量産化で世界に先行し、有効4800万画素のCISを商品化してスマートフォン用のシェアを高めた。だが、0.7μmサイズへの微細化はライバルのサムスン電子が先行し、1億800万画素のCISを商品化するなどしてハイエンドスマホ向けに供給先の拡大を許した。ソニーも今秋から0.7μm品を量産化する予定だが、今後0.6μm以降への微細化が必要になった場合、TSMCの微細化技術を活用できることの利点は、商品化スピードや設備投資負担の面から見て大きい。

「資金」は心配無用

 3つのメリットのうち「資金」に関しては、そう心配する必要はないだろう。TSMCが日本進出を決断すれば、日本政府や経済産業省があらゆる補助金制度を駆使してでも、投資額のおおよそ半分程度を支援することが見込まれるためだ。

 すでにTSMCは、米国政府の誘致を受けて、米アリゾナ州に5nmプロセスを採用する新工場の建設を決めている。24年から稼働する予定だ。TSMCにとって、米国には売上高の60~70%を占める優良なファブレス顧客がいる。こうした状況から進出要請を断れなかったと見ることもできるが、米国政府から資金面で多額の支援を受けるであろうことも想像に難くない。事実、TSMCは21年4~6月期の決算説明で米国政府のインセンティブについて問われた際、「米国の議会で超党派の支持を得ることを非常に楽観視している」と述べている。
 「日本は資金支援をいたしません」と言える状況ではない。

両社ともに「単独で新工場建設」が妥当か

 ソニーは先ごろ、熊本テックがある熊本県菊陽町に対して、新たな工場用地の取得を申し入れたことが明らかになった。新工場を建設する用意はあるのだ。またTSMCも、21年4~6月期の決算説明会で「すべての可能性を排除しない。日本でのウエハーファブ建設に向けてデューデリジェンスプロセスに入っている」と述べ、進出を本格的に検討していることを明らかにした。

 これから新たなミラクル提案が浮上してくるかもしれない。ソニーが検討している熊本新工場が「実は合弁工場でした」という話になるかもしれない。また既報のとおり、トヨタや三菱電機などがパートナーに加わって話がまとまるのかもしれない。

 だが、これまで述べてきた事情を考慮すると、ソニーとTSMCだけに話を限れば、「両社が合弁で日本に新工場を建設する」という可能性はかなり低いのではないか。かつてTSMCが中国南京に進出した際、一般的には中国ローカル企業との合弁が中国政府の「当たり前」の進出条件だったことを押し切って、独資で進出を果たした。これから推定すると、TSMCが日本への進出条件に「合弁形態」と挙げているとはとても思えず、進出してくるTSMCに「顧客」を用意しなければならないという日本政府や経済産業省の思惑に、メディアが翻弄されているだけなのではとも思える。

 ソニー、TSMCともに「単独」で日本に新工場を建設し、両社は従来の関係性を維持する。そしてソニーは、先ごろ稼働した長崎テックFab5やこれから建設する熊本新工場で独自にCISマスター工程の微細化に取り組み、引き続き積層型CIS用ロジックだけをTSMCに生産委託する、と考えるのが、現時点では妥当なのではないだろうか。

 そして最後に、あえて申し添えておきたい。仮に、TSMCが日本に工場を建設しても、日本の半導体サプライチェーンは強くなるが、日本の半導体メーカーが強くなるわけではない。日本の半導体自給率を高めたいのであれば、日本政府や経済産業省には、日本の半導体メーカーが今後実施する工場への投資にも相応の資金援助を強く要望したい。

電子デバイス産業新聞 編集部 特別編集委員 津村明宏

まとめにかえて

 TSMCの量産工場建設を巡っては、様々な報道がなされていますが、今のところTSMCも先の決算説明会で述べたように「検討段階」であると見られています。やはり、継続的に高い稼働をキープして工場を運営するために、顧客確保などの課題も山積しており、いましばらく時間がかかりそうな情勢です。

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