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焦点:アマゾン奥地で消された2人、先住民軽視政策の「犠牲」に

2022年06月24日(金)13時02分

 ブラジル先住民の共同体の相談役だったブルーノ・ペレイラ氏と英国人ジャーナリストのドム・フィリップ氏の死の衝撃は、ブラジル全土、そして世界中に広がり、ボルソナロ大統領就任後のFUNAI改革、さらには先住民居住地域における暴力事件や侵入犯罪の増加傾向が注目を集めている。写真はアタライア・ド・ノルテで13日、抗議デモに参加するUNIVAJAのメンバーら(2022年 ロイター/Ueslei Marcelino)

[アタライア・ド・ノルテ(ブラジル) 19日 ロイター] - ブラジル中心部から遠く離れたジャバリ・バレー。6月11日、集会所にはこの地域で暮らす6つの部族が詰め掛けていた。共同体の相談役だったブルーノ・ペレイラ氏、そして同氏の活動を報道していた英国人ジャーナリストのドム・フィリップ氏の失踪を悲しむ人々だ。

ペレイラ氏はかつて、先住民問題を専門とする政府機関、国立先住民保護財団(FUNAI)の幹部だった。ペレイラ氏が組織した先住民による自警団は、この頃まだ保護区内を流れるアマゾン川の支流で失踪者2人の足取りを追っていた。

だが集まった人々は、2人がたどった運命をほぼ確信していた。

マルボ族の出身で、「ウニバジャ」(UNIVAJA、ジャバリ・バレー先住民同盟)の運営者であるマノエル・チョリンパ氏は、聴衆に向かい「ブルーノは、私たちや私たちの地域を守る盾として、命を落とした」と語りかけた。会場は、ピアスやフェイスペイントを施し、鳥の羽をあしらった頭飾りを付け、戦士が使う手槍を持つ人々で混み合っていた。

3日後、先に自警団とトラブルを起こしていた漁師が、ペレイラ氏、フィリップス氏の2人を殺害したと供述した。

2人の死の衝撃はブラジル全土、そして世界中に広がり、ジャイル・ボルソナロ大統領就任後のFUNAI改革、さらには先住民居住地域における暴力事件や侵入犯罪の増加傾向が注目を集めている。

ウニバジャの集会に出席したアラボナ・カナマリ首長は、「私たちの兄弟であるブルーノやジャーナリストがこのような目に遭う前に、なぜ政府は対処しなかったのか」と声を荒らげた。「今やこの地域の警備は住民任せだ。FUNAIは実質的に私たちを見捨てた」

ボルソナロ大統領のオフィスにコメントを求めたところ回答は得られなかったが、同大統領はFUNAIとその任務を軽視する態度を露わにしてきた。ボルソナロ氏は、憲法が規定する先住民居住地域の保護が開発に対する障害になっていると批判し、2019年に大統領に就任した際には、FUNAIに「改革の大ナタを振るう」と公約していた。

ボルソナロ大統領の手法は公的な記録にも反映されており、同氏の就任以来、FUNAIの職員・予算は削減されている。FUNAIの新たな首脳陣によって、事業の認可は中央に集約され、ペースが落ちた。FUNAIの現・元スタッフで構成される非営利啓発団体「インディジェニスタス・アソシアドス」(先住民協会)によれば、違法な森林伐採や採掘、密猟の報告を受けても迅速な対応が難しくなっているという。

FUNAIに対し、新たな政策や、先住民居住地域での攻撃に関する情報が増えていることについて問い合わせたが、回答は得られなかった。

ミッショナリー・カウンシル・フォー・インディジナス・ピープル(先住民布教委員会、CIMI)によれば、ブラジル先住民に対する暴力行為や彼らの土地への違法侵入は、ボルソナロ政権誕生から最初の2年間で、それ以前の2年間に比べてほぼ倍増した。

人権擁護団体グローバル・ウィットネスは、ブラジルの先住民居住地域の支援者が殺害された事件は、2019年、2020年に各10件を記録し、それに先立つ2年間合計の5件から急増したとしている。

「ボルソナロ大統領は就任以来、先住民居住地域への侵入者に対する事実上の支援・保護を始めた。違法な森林伐採、密漁、採掘、何であれ、犯人は今や国家によって保護されていると感じている」と語るのは、元FUNAIの総裁で、ブラジルを代表する未接触部族研究者であるシドニー・ポスエロ氏。

<中断されたキャリア>

ペレイラ氏がジャバリ・バレーでFUNAIのための仕事を始めたのは2010年。ジャバリ・バレーの面積はオーストリアよりも広く、世界でも最も未接触部族が集中している地域だ。

ペレイラ氏の友人や先住民の同僚によれば、ペレイラ氏は8年の任期の間に、この地域と住民にほれ込んでしまったという。

2013年の映像は、色あせたフェイスペインティングを施したペレイラ氏が、地元部族のメンバーと共に裸足でジャングルの中を歩く姿を捉えている。先住民のリーダーであるコラ・カナマリ氏は、カナマリ部族との祭儀に参加したペレイラ氏は、幻覚作用のある神聖な飲み物「アヤワスカ」を飲んだと話している。

2018年、ペレイラ氏は首都ブラジリアに移り、FUNAIの事業部長として未接触部族や最近接触があった部族を担当することになった。だがまもなく、彼の任務はボルソナロ新政権と衝突することになる。

2019年初頭、ボルソナロ大統領は環境規制当局が違法採掘・伐採事業者から押収した機材を破壊したことを公然と非難した。

この年9月、ペレイラ氏は連邦警察との共同作戦に取り組み、ジャバリ・バレー及び近隣地域で、違法採掘事業者が使用していたボート60隻を破壊した。

当時アマゾナス州で連邦警察のトップだったアレクサンドル・サライバ氏はロイターの取材に対し、他のFUNAI職員はこの作戦に反対しており、結局ペレイラ氏が連邦検察官の支持を得て、FUNAIも検察の説得を受けてようやく動いたと語った。

だが3週間も経たないうちにFUNAIがペレイラ氏を幹部職から外して権限を剥奪したことで、同氏のキャリアに暗雲が立ちこめた。

連邦警察との共同作戦やペレイラ氏左遷の理由についてFUNAIにコメントを求めたが、回答は得られなかった。

ウニバジャのブラジリア支部で代表を務めるベト・マルボ氏は、「ブルーノは落ち込んでいた」と語る。「彼は、自分の所属機関から迫害されたように感じていた」

マルボ氏によれば、当時のウニバジャでは違法活動の証拠をそろえられず、ジャバ・バレーで警察や連邦機関の協力を得るのに苦労していたという。

マルボ氏は友人であるペレイラ氏に、先住民居住地域に対する侵入の記録を手伝ってほしいと頼んだ。ペレイラ氏は2020年にFUNAIを休職。昨年、マルボ氏とともに居住地域を警備するための「先住民自警団」を設立した。

ペレイラ氏は部族の人々に、居住地域への侵入を記録するためのドローンの操縦やモバイルアプリの使い方を教えた。多くは、ポルトガル語の理解が十分でない遠隔の村からやってきた人たちだった。

またペレイラ氏は、2021年11月付けで56ページの報告書をまとめた。ロイターが独占的に閲覧したもので、自警団の最初の本格的な調査遠征による成果が詳細に記述されている。

自警団メンバーは、違法な密漁・密猟活動の痕跡として、バクをおびき寄せる餌やモンキヨコクビガメを捕獲するためのわな、身がきれいに取り出された卵や貝殻などを67件記録した。

密猟に使用されるボートの係留場所や野営地の写真も撮影され、大型魚ピラルクを塩漬けにするための材料もあった。魚の鱗や切断された頭部はその場に残されていた。

証拠は分類した上で位置情報タグを付与し、密漁容疑者の氏名や身元情報も添えられている。

ウニバジャの弁護士を務めるエリエジオ・マルボ氏は、この報告書をFUNAIと連邦検察当局に送付した。マルボ氏によれば、先週ペレイラ、フィリップス両氏が失踪した後、検察官による捜査が開始されたという。

自警団の取り組みは、まもなく、密漁の脅威にさらされている川魚を近隣の対ペルー国境越しに大量に売買している地元の漁師たちの注意を引いた。州警察・連邦警察によれば、この地域における密漁・密猟や違法採掘は、増大しつつある越境的な麻薬取引に伴う資金洗浄を試みる犯罪組織から資金を得ている場合が多いという。

ペレイラ氏は何年も前から脅迫を受けていたが、ウニバジャ設立者らには、脅迫が増えつつあると話していた。

4月には、ペレイラ氏とベト・マルボ氏を明確に名指しする匿名の脅迫状がウニバジャの事務所に届いた。

「インディオのベトが我々に歯向かっていること、FUNAIのブルーノが我々の船と漁獲の押収をインディオに命じている人間であることは分かっている」と脅迫状には書かれていた。「こちらに害を及ぼすつもりなら、覚悟しておけ。警告は与えた」

脅迫状の詳細を教えてくれたエリエジオ・マルボ氏は、ウニバジャは船舶や漁獲の押収は行っていないが、その報告が当局による押収につながった可能性はあると述べた。

<銃による威嚇>

失踪直前の日々にペレイラ、フィリップス両氏を目撃した4人の自警団員は、報復を恐れて匿名を希望しつつロイターの取材に応じ、両氏が先住民自警団の活動を観察する際に、敵意を持ち武装した漁師に目をつけられたと語った。

まず、フィリップス氏とペレイラ氏は失踪3日前の6月2日にイタコアイ川の沿岸で自警団に会った。フィリップス氏は自警団員に、自著のためにアマゾン川を保護する先住民の取り組みを記録している、と話していた。

2人は翌日、自警団員が蛇行する川の支流を地図に記載し、密漁・密猟の証拠を記録していく様子を観察していた。

6月4日の朝6時頃、自警団は、漁師のアマリルド・ダ・コスタ容疑者と他2人の男性が、ボートに乗って先住民居留地に向かうのを目撃した。外部の人間が許可無しに立ち入れない地域である。

フィリップス氏とペレイラ氏は居留地に入る予定がなかったため、その場にとどまった。先住民自警団は、特定されることを防ぐために目出し帽を着用し、問題のボートを追跡した。

追跡者が近づいてくるのを見て、コスタ容疑者とその仲間はボートを止め、2丁の猟銃を構えて威嚇する素振りを見せた。

自警団は後退して事件を警察に通報したが、警察はすぐには動かなかった。

その後まもなく、自警団は調査行動の拠点として利用していた河岸の一軒家に戻った。

ペレイラ氏は顔が見える状態で、川から見える船着き場に腰を下ろしていた。そこへボートに乗ったコスタ容疑者が通りがかり、自警団と一緒にいるペレイラ氏に目を留めた。銃を構えてのにらみ合いから1時間も経っていなかった。

自警団員らはフィリップス、ペレイラ両氏の安全を懸念したが、2人は翌日の夜明け頃、近隣の街アタライア・ド・ノルテに向かったという。

ロイターが閲覧した警察の報告書によれば、下流でペレイラ氏のボートが通過した2分後にコスタ容疑者のボートを目撃したとの証言がある。

その後、ペレイラ、フィリップス両氏の存命中の姿を目にした者はいない。

警察によれば、コスタ容疑者は3日後に武器違法所持の疑いで逮捕され、両氏を殺害し、遺体を切断したと自供した。

15日、コスタ容疑者は遺体を投棄した場所に捜査官を案内した。

(Jake Spring記者、Anthony Boadle記者、翻訳:エァクレーレン)

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